髙林堂の歴史

  • HOME
  • 髙林堂の歴史

ありがとう、をおもてなしに代えて

ありがとう、をおもてなしに代えて

宇都宮で明治18年に創業以来、「お客様を大切にして、心を満腹にする菓子を作っていきたい」と願いながら代々お菓子づくりに励んで参りました。
これからも古いものを大切に守りながら、その中に新しい技術を融合させていきたいという強い信念と、美しい和菓子を作り出すおもてなしの心を忘れずに、時代に合った美味しさを創り続けて参ります。

宇都宮で和菓子を作り続けて

宇都宮で和菓子を作り続けて。

髙林堂の和菓子は、宇都宮市の四季をおいしさで綴って参りました。
宇都宮市の歴史とともに歩んだ髙林堂、
その歴史の一部をご紹介いたします。

会社名 有限会社髙林堂
所在地 【本社・工場】
〒320-0804
栃木県宇都宮市二荒町7-4
電話番号 028-666-4987
FAX番号 028-633-4977
創業 1885年(明治18年)
資本金 1,000万円
従業員数 約70名
事業内容 和菓子の製造販売

髙林堂の歴史

年号 髙林堂の歴史 主なできごと
明治17年
(1884年)
  栃木県庁が栃木市から宇都宮市に移る。
明治18年
(1885年)
明治18年創業。
銘菓「友志良賀」発売。
 
明治39年
(1906年)
  宇都宮市内に初めて電話が開通。
大正12年
(1923年)
  関東大震災がおこる。
昭和6年
(1931年)
  東武鉄道宇都宮線が開通。
昭和10年
(1935年)
先代  和氣 勇雄
髙林堂へ修行に入る。
 
昭和14年
(1939年)
  第二次世界大戦勃発。
昭和18年
(1943年)
和氣勇雄ビルマ戦線へ出兵。 菓子製造に企業整備令が発令され、菓子製造はほとんど中止状態となる。
昭和20年
(1945年)
  空襲を受け、市街地の大半が焼失。
太平洋戦争終結し敗戦となる。
昭和21年
(1946年)
和氣 勇雄ビルマより帰還。  
昭和22年
(1947年)
宇都宮市剣宮に菓子店「和光」開業。  
昭和28年
(1953年)
上野百貨店と取引開始。  
昭和33年
(1958年)
髙林堂後継者不在のため、現本店千手町にて髙林堂を引き継ぐ。  
昭和38年
(1963年)
砂糖の自由化が実施される。  
昭和39年
(1964年)
東京オリンピックが開催される。  
昭和45年
(1970年)
有限会社設立。  
昭和54年
(1979年)
  6月16日を”和菓子の日”と制定。
昭和55年
(1980年)
  第1回ホワイトデー開催。
昭和58年
(1983年)
先代社長和氣 勇雄 他界、同時に和氣 幸雄取締役就任。 まんじゅう、最中の自動包装機完成。和菓子も自動包装の時代へ。
昭和64年
(1989年)
宇都宮陽東2丁目に「陽東店」出店。  
平成3年
(1991年)
  「ティラミス」が大ブームに。
平成6年
(1994年)
宇都宮西武百貨店へ出店。  
平成9年
(1997年)
工場を二荒町に移転。  
平成10年
(1998年)
塩谷郡氏家町(現さくら市)に「氏家店」出店。  
平成11年
(1999年)
東武宇都宮店へ出店。 「だんご三兄弟」大ブレイク。
だんごが売れた。
平成19年
(2007年)
かりまん発売。  
平成22年
(2010年)
本店改築。  
平成23年
(2011年)
二荒町に第二工場完成。  
平成27年
(2015年)
JR宇都宮店出店。  

匠の紹介

匠の紹介

代表取締役社長  和氣 康匡
日本菓子専門学校卒業後、
東京自由ヶ丘蜂の家にて5年間修行

年号 経歴
平成14年
(2002年)
製菓衛生師免許取得。
平成19年
(2007年)
栃木に帰省し、髙林堂の業務に従事。
平成21年
(2009年)
髙林堂製造部長 就任。
平成23年
(2011年)
髙林堂専務取締役 就任。
平成26年
(2014年)
国際テクニカル調理師専門学校 宇都宮校 非常勤講師。
平成28年
(2016年)
髙林堂代表取締役社長 就任。
平成29年
(2017年)
シンガポール髙島屋に催事出店。
上生菓子の実演、ABCクッキングにてワークショップを行う。
イギリスのバースにて上生菓子の実演、ワークショップなどを行う。
平成30年
(2018年)
豪華客船「クィーンエリザベス号」に和菓子初乗船を果たす。
自身も船内で上生菓子実演やワークショプ、和菓子のアフタヌーンティーなどを行う。
シンガポール髙島屋催事出店。上生菓子実演を行う。